どうも。ごんすけです。
前回の記事(「真面目なやつが損する職場」で出会った、真面目な若者の話。)で若者に【感謝と祈り】についてめっちゃ熱く語ったことを書いてるんやけど、長くなりすぎるから、はしょって書いたんよね。
俺の中ではかなり不完全燃焼なので、書きたい!!
この【感謝と祈り】がマジで人生を変えてくれるような気がしてならないんです。
スピリチュアルかよーって感じる人もいると思うけど、養老孟司って人の本から影響を受けて、この考えに辿り着いていると言っても過言ではないのよ!
養老孟司が言うてんねんから、間違いないって!
『バカの壁』っていう大ベストセラーになった本を書いた人なんやけど、なぜか俺は『バカの壁』を読まずに、その後に出版された『自分の壁』という本を読んでかなり感動した。
俺の人生のバイブルなんです!マジで日本国民全員読んでほしい。
ってなことを書いてたら、めちゃくちゃ長くなったので、今回も分けて書くことになりました笑。
最後まで読んで、「スピってる」と思われがちな感謝と祈りが、実はめっちゃ現実的な話やってことを知ってほしい~!
親友の言葉と戦争にいったご先祖様
現在39歳のおっさんですが、【感謝と祈り】のルーツは、大学時代の親友の言葉がきっかけだったな…とはっきり感じております。
俺の大学は仏教系の大学で、その親友も実家が寺だった。そして4回生となり卒業が近づいてきたある日、そいつが「ごんすけ。聞いてくれ。親の墓参りだけは絶対に行け。」って真剣な表情で言うんよ。
俺は「え?なんで?急にどうした?」ってなって、内心、”墓参りってめんどくさいやつやん…”って感じてた。
そいつは続けて、「じいちゃん、ばあちゃんはお前の親に任せといていい。けど、お前の親の墓参りだけは絶対に行け。俺の実家は寺で、寺関係の人はみんな言ってる。親の墓参りに行かない奴は、決まってその家ごと没落してるんだよ。」
そいつの真剣な表情を見て、”これは本当に俺のために言ってくれているやつや!”と感じて、その言葉だけはずっと胸に持ち続けているんです。

これが最初の【祈り】に関する出会い。
ここで俺に、”両親に対する供養は絶対必要”という情報がインストールされた。”でも、それって何十年後の話やし~”って感じで重要視はしてなかった。
そして結婚し、妻の実家(妻の両親は離婚しているので父方の方)にあいさつに行くと、そこは年季の入った日本家屋(田舎なんでね)で、居間には軍服を着た若者2名(妻の祖父の2人の兄)の写真が飾られていた。
そして隣には内閣総理大臣からの表彰状も2枚あった。
”この人たちは戦死した人たちかっ!”とすぐに理解した。戦争を経験した日本で戦死した人がいるというのは、当然のこと。頭では分かっていた。
けれど、自分の目を通して確認するのは、初めてで度肝を抜かれた…。軍服を着た人の写真が飾られているという光景を目にすること自体が人生で初めてだった。
今までお話の中でしか出会ったことのない人たち(戦死者)が、こういう形で自分の人生と関わるとは思ってなかった。
俺にとっては直接、血がつながったご先祖さまではない。でも俺は、そのとき手を合わせ、心から祈った。
”ありがとうございます。妻と巡り合えたのは、あなたたちのおかげです。あなた達が命を懸けて守ってくれた日本があるおかげで、俺は幸せです”と。

俺の心と戦死したご先祖様が、線で結ばれたような気がした。それ以来、妻の実家に行くたびに、戦死したご先祖様に祈っているし、祈っていると涙が出てくる。
これをきっかけにして、俺は”今の社会があるのは、あなた達ご先祖様のおかげです”という実体験をすることができたんよ。
そして「親の墓参りには絶対行け」と言ってくれた親友の言葉が信憑性を帯びてきた。
だって、ご先祖様と直接つながっているのは親世代やし、その親が亡くなった時に、墓参りに行かないということは、それまでのご先祖様のつながりがなくなるんじゃないのか…?って想像するようにまでなっている。
生き残った特攻隊員の話
そして妻との間に子供ができ、盆と正月には妻の実家に顔を出し、ご先祖様に”いつもありがとうございます”とお祈りすることが当たり前になっていた。
話が変わるんやけど、何年経っても大学時代のある講義の内容を鮮明に覚えている。
それは「自分の命なんてものは、他人のためであれば簡単に捨てられるもの。特攻隊がいい例でしょう? 人のためであれば、自分の命っていうのは意外と優先順位が低い。」ってことをおじいちゃん先生が言ってた。
俺はそのとき「なるほどね~。そうかもね~。」という印象しかもっていなかったんやけど、この言葉が後々、また線としてつながることになった。
自分の子どもができてから、テレビで特攻隊の生き残りの方の特集している番組をやっていた。悲惨な状況に俺は釘付けになった。
そして番組の最後に、その特攻隊の生き残りの方がこう言ったんよね。
「きっと今戦争が起こったら、日本の若い人でも特攻隊に志願すると思います。恋人や家族のためを考えれば、当然のことだと思う。」って。
それを聞いて、”え~!マジで!?戦争なんか絶対に嫌やけど…。”って思った。
でもそこで、おじいちゃん先生の「自分の命は優先順位が低い」という言葉とつながって、考え直すことになった。
”あ、俺やっぱ行くわ。てか絶対行く。俺の家族を守る方法がそれしかないのであれば、この日本という社会を自分の子どもに残す方法がそれしかないのであれば、俺は特攻隊でもなんでもやるぞ”ってマジで思った。
ちなみに戦争は反対やしね。そんな状況にならないのが一番やで!これは覚悟の話やからね。
で、”俺も行くわ”って思ってから、”当時戦争に行った人達はそんなことを考えていたんやなぁ”ってことに気付いて、じわーっと胸が熱くなって号泣していた。

泣きながら「ありがとうございます」と手を合わせてた(深夜の放送だったので家族に見られずに、気兼ねなく泣けたぜ👍)。
人生のバイブルとの出会い
そしてようやくここで、俺の人生のバイブル『自分の壁』についての話になるのでございます。
ここまで読んで、スピってる奴やなぁ~って思った人!
孟司に怒られるで。ほんま!
この本の中に「親孝行の本当の意味」という項目があって、そこにこう書いてある。
人間が最初につきあう自分以外の人は、親です。それを徹底的に大切にしろ、とはどういうことか。親のほうは「子どもは親の言うことを聞くべきだ」という教えだと考えているかもしれません。でも、それは誤解です。
親孝行は、子どもに対して「お前はお前だけのものじゃないよ」ということを実は教えていたのです。(養老孟司『自分の壁』新潮新書より)
「お前はお前だけのものじゃないよ」って言葉はめっちゃ大事!アドラー心理学の共同体感覚の話とつながって、一人で「スゲー!」って興奮してた笑(次回詳しく書きます!)。
そして続きにはこう書いてあった。
特攻隊の生き残りの人たちに、なぜあんなことをしようとしたのか、話を聞くとみな同じことを答えます。親、家族、故郷の人たち、村や国、つまり共同体のためだ、と。
(中略)
日本の伝統的な考えからいえば、「特攻隊」というのは当たり前の行為です。自分のために生きているわけではない、という考えがベースにあるからです。だから、家族や共同体のために命を捨てることは自然な感情だったわけです。(同上)
大学の先生とか、特攻隊の生き残りの人と同じこと言ってるよね。
さらに、さらに。
そうした考えを明治以降、日本は変えようとしてきました。すでに述べたように、日本は明治以降、「自己」または西洋的近代的自我というものを無理やり導入しようとしたために、ややこしくなってしまった。
世間よりも先に「自己」がある。何よりもそれは尊重されるべきだ、という考え方です。何よりも「自己」が大事だ、という意識でいけば、特攻隊がとんでもない野蛮な行為だと受け止められるようになるのは当然でしょう。(同上)
抜粋した箇所は本の中でも後半の方なんよ。
これより少し前に『”世間は自分が生まれる前からそこにあって、自分はそこにお邪魔させてもらっている“』っていうことも書かれていた。
『世間よりも先に「自己」がある。世間よりも自分が大事』っていう考えは今の人には受け入れやすいと思う。
”自分、大事にしよ!”っていうポジティブなメッセージに受け取られやすいしね。
でも本によると、戦後の反省でそういう考え方が広まった面もあるし、もっと前の明治以降に、西洋的な考え方を無理やり取り入れたせいで、ややこしくなってるらしい。
何が言いたいかと言うと、「自分を大切にする」のはええけど、「自分を優先しすぎて、今ある社会を軽んじたらあかんよ」ってことやねん。(本を読んでくれたらもっとわかりやすいから、興味ある人は読んでね😅)
世間=ご先祖様
みんな「おぎゃー」って生まれてきた時点で、すでに一億人ぐらい日本にいたやん?
一億人ぐらいの先輩方がいる部活(世間)に、後から入ってきた後輩みたいなもんやん。
そんな後輩がさ、「この部活、くっだらねー」って言って、好き勝手なこと始めたらムカつくやん笑。
「世間になじめ」とか、「みんなと一緒のことをしろ」って言いたいんじゃないよ。
先輩から受け継いだものを大切にしようぜってことが言いたいねん。
ご先祖様が作ってきた世間(社会)で豊かに暮らしているんやから、それを”当たり前のこと”なんて思っちゃいかんのよ。
「ありがとうございます」という感謝をもつべきだと、俺は考えている。
養老孟司の『自分の壁』を読んだおかげで、戦死したご先祖様を目の当たりにして感じた、“あなた達が命を懸けて守ってくれたおかげです。ありがとうございます”という感謝はやっぱり間違ってなかったと確信できたんよ!
っていう感じでキリがいいので、今回は一旦ここで終わりたいと思います。
まっだまだ書き足りないけど、全部書くと1万文字ぐらいになりそうやし、やめとくわ…笑。
次回は、”お前はお前だけのものじゃないよ”という言葉から、共同体感覚(名著『嫌われる勇気』に出てくるアドラー心理学ともリンクするんです)につながり、祈りへの熱い想いが炸裂している現状を書いていこうと思っています。
”スピってる話、苦手やねん…”っていう人ほど読んでや!あなたこのままだと、孟司にキレられるよ!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました~。

