どうも。ごんすけです。
今年の3月末で教員を退職して、現在フリーターとしてジムでアルバイトをしている者です。前職が教員だったからか、アルバイト先でも若者たちに相談されることが多く、アドバイスする日々を過ごしております。
俺、誰かに何かを教えるって楽しいよね。特に若者は、未来が詰まってていいのよ~。
そんな経験から俺自身、”育てるということが好き”ってことに気付いたんよね。そして、育てる上での俺なりの流儀があるってことにも気付いた。
今回はそんな流儀と、その流儀を意識するようになった過去のトラウマ経験を書いていきたいと思います。
苦労は買ってでもしろって言うけど、あの時の苦労はほんまにトラウマなるぐらいしんどかった。
押し付けない流儀
そして、アドバイスする上で大切にしていることは、“俺の話は半分程度に聞いておけ。決めるのは君自身だ”というスタンス。もちろん俺が持っているすべての知識や経験を伝え、全力でアドバイスしているが、”俺の話を聞いて、自分で判断・決断して”っていう結論に着地するようにしている。要は押し付けないように細心の注意を払ってるんよ。
思い返せば、教員時代に担任した児童生徒や、同じクラスの担任の若手教員(特別支援学校なので複数担任制です)に対しても同じスタンスだった。
よく第三者から、「あの子(or若手教員)、成長しましたね~。ごんすけ先生のおかげですよ。」と言わることは多かった。
でも、俺はそれを言われても全く嬉しくなかった。
「いや、あの子(or若手教員)が頑張ったからですよ。俺のおかげじゃないです」と返事していた。担任する子どもの保護者に言われても、管理職の先生に言われても絶対にその返事をしていた。
本気でそう思っているから。児童・生徒(or若手教員)が自分自身で判断・決断し、努力・成長しているのだから。俺はきっかけを与えたに過ぎないのだから、俺の手柄では無いと思っている。
このスタンス(流儀)を意識するけっかけになったのは、教員採用一年目の地獄の日々が関係しております。
俺の初任研指導の教員がとんでもなくパワハラ気質の持ち主で、指導とは名ばかりの、”自分の思い通りにしないと許せない!”っていうただの押し付けの連続…。
そこから俺は、反面教師的に学んだ。自分の考えを押し付けるのって本当に最悪ってことに。
念願の採用試験突破
俺が採用試験に受かったのは、29歳の時です。あの時は本気で勉強した。すでに結婚して長男も生まれていたから、”そろそろ採用試験に受からないといけない…”という焦る気持ちもあった。
前年の採用試験では、同じ職場の講師で仲の良い年下の奴に先を越されてしまって、悔しい思いもしていた。
だから4月時点でクラス長のベテランの先生に、「本気で採用試験に受かりたいです!」と伝え、7月の採用試験に向けて、1学期間は俺の受け持ち授業はゼロにしてくれていた。
息子の育児も妻に任せて、仕事帰りは必ずファミレスによって2~3時間勉強してから自宅に帰るという生活を1月から7月までの半年間していた。

家族や職場にフォローしてもらい、本気で勉強した結果、1次試験と2次試験を突破し、無事に合格することができたんです。
受かった時は、本当に嬉しかったよね~。家族はもちろんのこと、職場の先生たちとも大喜びし合ってた。
あんな指導教官が待っていると知らなかったからね…。
県下最強のトラブルメイカー、参上!
初任者として赴任すると、必ず初任研指導というものを受けなければいけないんです。法律で決まっているんっすよ…。
そして初任研指導の教官がとんでもない奴やった…。30代後半の女性教員なんやけど、普通、指導教官ってのは40代、50代のかなりのベテランの教員がやるもんなんよ。
30代後半って若すぎるんよ。なんでそんな教員が指導教官をすることになったかというと、その女性教員がとんでもないトラブルメイカーだから。
その女性教員(めんどくさいので以下、教官と呼ぶ)の性格がかなり激しめの人で、”自分が決めたことが正しい!このように決まっているからこうすべき!”と自分の考えをとにかく押し付けまくる人だった。
頭はええねん。だから、学習指導要領とかめちゃくちゃ読み込んで、文部科学省がこう言っているんだから、その通りにしなくちゃいけない!!と、現場のニーズに合わなくても、正しさという正義を振りかざす人やった。

そんな教官と相担(あいたんと読みます。同じクラスの担任するパートナーのようなもの)になった教員は心を病んで特休を取ったり、講師だったら年度途中でも辞めたり、正教員でも3月末で退職をしたりするぐらいの、同僚クラッシャーだった。
さらに、性格がキツすぎて生徒にも厳しく当たり、生徒の吃音が悪化しまくって、保護者から「あの先生は担任にさせないでください」とクレームが管理職に入るほどのお人。
そこで管理職は考えた。「担任を持たせるわけにはいかない。かといってフリーの教員として重要な職にもつけない。どうしよう?初任者の指導教官をやらせるしかないかぁ🤔」となったのであります。
ポンコツ教員あるあるやねん。「教員の相手をする教官やと、初任者が1年だけ我慢すればいいやん!名案やん!」ってなりがちやねん。
犠牲者になるこっちのことも少しは考えろよなぁ!!あの時の管理職も最低なパワハラ校長やったし、学校自体が終わってたんよ…。
わずか一ヵ月で辞めると言い出した俺
4月から赴任した職場はそんな終わってる環境で、さらに俺の在籍学部は、起業就労を目指すほどの知的軽度の高等部で、今まで知的重度の子どもばかり担任してきた俺にとって初めてことだらけだった。
そしてこれまた運の悪いことに、俺が担任するクラスの去年の担任は、県下最強のトラブルメイカー教官であった。
だから教官にとっては、”去年まで私が担任していた可愛い教え子”という思い入れもあり、これが俺に対するパワハラを加速させることにもなった…。
まず、知的軽度のクラス集団ということは、言葉で指示が理解できることもあり、重度知的のクラス集団と比べて、担任の数が少なくなる傾向にある。実際、重度知的のクラスは3~4人の担任数が多く、軽度知的しかも高等部になると担任は2人になることが多い。
俺もその年は2人担任だった。しかも軽度知的の子どもたちの学習のペースは速く、授業準備が大変だった。
そんな慣れない環境で、教官が激ヤバな人である。終わってるよね…。
教官は俺のうっかりミスでも大激怒。授業中(俺の授業は常に教官が同席している)にぽろっと言ったことを後で調べ、「さっき言ったこと間違えてるやん!授業中に子どもたちに間違ったことを教えるってどういうこと!?次の授業のときにちゃんと謝って!!」と、鬼の形相で叱られる。
次の授業のときに、「前のあの話やけど間違えてて、ほんとはこうやったわ。ごめんなさい」と謝りましたよ。生徒はぽかんとしていたよ。わざわざ授業中に言うことでもないしね。
当然、教師が生徒に間違ったことを教えてはいけない。当たり前のことや。でも、そんな詰め方するかいな?教師として自信無くすやん。委縮するやん。
パワハラのネタなんて、限りなくあるけど、印象にのこっているのは初任研ノートをずっと手書きさせられてたことやね。
このご時世に、手書きでっせ?PCで打ってプリントアウトせえよ。
んで、俺の同期の初任者(他学部で教官も違う)は、PCで作成してねんで?やばくない?
当然、「手書きじゃなきゃダメなんですか?俺もPCで作成したいんですけど?」って言うやん。
そしたら「あなたは字が汚いでしょう!?書かなきゃいけないでしょ!?」だってさ…。
初任研ノートっていうものは公文書扱いで何年か保管されるものなんだって。教官曰くね。そういうの詳しいからさ笑。
だから間違えたときに、修正テープとか使ったらあかんねん。砂消しで消さなあかんのよ。若い人は砂消しって言葉自体知っているんでしょうか?笑
書き間違いが多いと最悪書き直しで、マジで作成に時間がかかった…。しかも初任研ノートは毎日レベルで書くものやしね…。

押し付けられまくって、マジでストレスがかかりまくって、1ヵ月で「辞めます」って管理職に相談にしにいったわ。
そしたらどうなったと思う?
書きたいんだけど、文字数が…。詳細は、次回のブログで書きますね。
この後の展開で、俺の心はさらに壊れて行って、教師としての理念は死んでしまいます。
台風のニュースを見れば、「来い来い来い!絶対、来い!」って休校になることを期待するようになったし、担任する手のかかる児童生徒が休むと心の中で、ガッツポーズをするようになった。
そんな最低な教師が出来上がるまで過程を、次回もお楽しみにしてくださいませ!


コメント