どうも、ごんすけです。
16年間勤めてきた教員をやめた理由を書いていきます!
妻も子ども(しかも3人)もいるのに!収入が激減することは火を見るよりも明らかなのに!それでも辞めちゃった♡テヘッ。なんで辞めたと思う?
それはお金じゃないから。後悔したくないから。
教員やっているときは、”これ、辞めないとあかんやつや…。このままじゃ絶対に病む…”っていつも思ってた。
“たった一度きりの人生なんだから後悔のないように”ってみんな考えているけれど、行動を起こすことには至っていない。
でも俺は辞めたよ。めちゃくちゃ悩んだし、めちゃくちゃ不安やった。それは辞めた今も変わらない。
ただ一つだけ、確実なことがある。
教員を辞めるという選択した自分を全く後悔していないということ。
後々まで残るのは、やった後悔より、やらなかった後悔って言うもんね。
教員だろうが教員じゃなかろうが、仕事やめたいって考えている人へ。ぜひ最後まで読んでみて(後編まであるけどごめん汗)。
あなたたちの背中を押すことができれば幸いです。
教員の仕事について
教員の仕事について、ざっくりと書いていきます。この説明がないと始まらないから、少々お付き合いくださいませ。
教員歴16年ですが、講師7年目でようやく採用試験に受かり、教諭歴は9年っていう感じです。校種は特別支援教育で、主に知的障害の児童・生徒を受け持っていた。特別支援学校は、小学部・中学部・高等部があって、全世代の担任をすることができます。
ごんすけは、小も中も高も全部経験したので、けっこうスペシャリストやと自負してまっせ笑。
さらに重度・軽度の障害の程度もあって特別支援学校はひとクラス当たり、児童生徒数は、4~8人ぐらい。複数担任制なので教員は2~4人ぐらい。自治体とか学校によって多少の違いはあるやろうけど、この規模感をイメージしておいてください。
で、この複数担任制ってのが、ミソなんですわ。良い方にも転ぶし、厄介な方にも転ぶ。だって4月に決まったら、ずっと1年間変わらないからね。
そうです。お察しの通りです。いい教員もいれば、こいつあかんわってなる教員もいるんです。
さらにやっかいな保護者の児童生徒の担任なると、それだけで残業時間が増えるリスクがある。ちなみに教育公務員は残業代はでまへん…。残業代とは違う形で地域手当て(俺の場合は月3万円ぐらいが上乗せされていた)ってやつが付いておるんです。
てことはよ…?
教員の最高に効率のよい働き方ってのは、残業せずに定時にスパッと帰ることなんよ。んで、残りの時間で家事だの育児だの趣味だのに時間を使えば、最高のコストパフォーマンスを叩き出せるんよ。(副業禁止なのが痛いけどね。)
でもそんなうまいこと行かんやん…。はっきり言って運ゲーなんよ。一年に一回、4月の時期に、どの子供の担任になるか、どの教員と一緒に組むかでその年の業務量は大きく変わる。
そして、ここに罠がある。
しっかり者の君には、残業のプレゼントだ
教員として、しっかりすればするほど、みんなに認められれば認められるほど、負担が増すものってなーんだ?
そう。責任です!
しかーも、自発的な責任感ではなく、強制的な責任感!
「あなたにしかできない」「あなたに期待している」と周りの管理職や先輩同僚から仕事を任されていくのです。
“ちゃんとしよう!みんなに認められよう!”と思って仕事を頑張れば頑張るほど、「この人はしっかりした人だ。よし!あれもこれも任せよう!」となり、気づけば業務だらけで、残業時間は増えていくばかり。

一方、ポンコツ教員は、トラブルにならないようにややこしい保護者の担任はなし。誰でもできるような分掌業務を割り当てられ、周りの相担(『あいたん』と読みます。同じクラスを担任する教員のこと)は、仕事ができる先生で固めてもらえる。
そんなポンコツ教員は、自分の与えられた仕事をこなしているだけで、病気特休とか取らずに出勤しているだけで、”あの人なりに頑張っているね”と評価してもらえるんよ。
不公平やろがぁーーい!!
そんなやつに限って、俺より年上で、年功序列やし給料も俺よりもらってんねんで!
何でお前のお世話を俺がしなあかんねん!!ってなるやん。お世話代、払えよ!笑
ややこしい保護者に対しても同じ気持ちやねん。
俺たちはお前の子供を成長させようと頑張っとんねん。何でお前ら保護者の教育もしなあかんねん。義務教育で終わらせとけや!!っていう奴らもおる…。
本当に向き合いたいのは子供なのに、周りの大人のせいで時間も体力も削られていくのです…。
ポンコツ教員になりたかった俺
もちろん教育を担うということに使命感をもって働いている人はたくさんいるし、そういう人には頭が下がる思いです。
そんな素敵な先生になりたいと講師時代はよく思っていました。
ところが採用一年目のある出来事のせいで、そんな教育に対する理念はある教員に殺されてしまいました。
一年目に何があったん?って感じでしょうが、また別の記事で書くわ。めちゃめちゃ長くなるしね笑
そんなこんなで、俺はいかに効率よく定時退勤することしか興味がなくなってしまっていたのです。
だから、“そうか!俺もポンコツにれなればいいんだ!”って閃いたのよね笑。大発明やろ?
でも、なれなかった。やっぱり働く限りは自分にできることを精一杯やりたいし、やってしまう。
なにより素敵な先生から信頼されているのは嬉しかった。あの人に認められたいと思ってしまう自分がいた。
いつしか中堅ポジションになり、若手教員のお世話をするようになる。
それはそれは楽しかった。未来ある若者と一緒に働き、俺を頼ってくれることにやりがいを感じるようになっていた。
俺が素敵だと思っていた先生のように、俺も若手教員から素敵だと思われたいと思ってしまった。
責任がだんだん重くなってくる。でも俺を信じて、仕事を任せてくれる管理職や同僚がいる。
そんな俺を頼ってくれる若手教員がいる。
採用一年目に、死んだはずの教育者の理念みたいなものが蘇ってきつつあった。
残業が増えていくことに苛立ちながらもやりがいを感じるようになり、自分の仕事ぶりに対する自信をもてるようになってきていた。
そんなときに、俺は仕事を辞めることにした。
とういうことで、続きは後編で。(めっちゃいいところで、終わるやん俺。じらしのプロやん。テクニシャン過ぎてごめん!)
後編では、やめることになったきっかけと、やめた後のことを書いていきます。
次回も読んでね!ここまで読んで、次回読んでくれない人には、隕石が落ちてくるかもよ!ラッキーアイテムは成分無調整の牛乳だよ(出典:[ごんすけ師の占い大全]より)


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