教員を辞めて感じた「恐怖」の正体

メンタルの話

どうも、ごんすけです。

今年の3月末で教員を退職して、三か月ほど経ちました。

Threadsでこんな投稿↓をしたところ、

教員をやめて実感した。
「安定」した給料をもらって生きるよりも
「恐怖」を感じながら生きている方が、
人生は豊かになる。

理解してくれる人や、違うやろって言う人、「?」だけの反応があって、自分の言いたいことが第三者に伝わっていなかったので、自分のブログで深ぼって考えていきたいと思います。

”退職したい!でも不安…”って思っている人にとっては絶対参考になると思うし、ぜひ最後まで読んでってー!

俺の感じた恐怖

安定した給料がもらえる教員という仕事を捨てて、自分の力だけで稼いでいくことを夢見て退職をしたんやけど、辞める前はすごくワクワクしていた。

”辞めたらバイトでもなんでもして生活費を稼ごう!友だちと何か商売的なことを始めよう!”って考えてた。自分の中の無限大の可能性を愛でるように、いろいろな夢想をして悦に入っていた笑。

バイトしながら、足りない分は教員時代に蓄えていた貯金や退職金を使いながら、2年くらいは挑戦できるだろうって思っていたけど、そう簡単にはいかなかった。

お金がみるみる減っていくんよ…。精神的にきつかった…。

詳しくは過去のブログに書いているので、そっちものぞいてみてね(『退職アルバイターのお金事情』とか、『金はないが、情熱はあるぜ…。7月所感』とかです)

”このままじゃヤバい…。家族を養えない…。”って不安になって、言いようのない恐怖に駆られた。

お金を稼がないと生きていけないという恐怖

これが俺の感じた恐怖です。

教員の安定

そんな俺にとって教員という仕事は、お金を稼がないと生きていけないという恐怖からかけ離れているものだった。

だって、ちゃんと仕事さえしていれば給料もらえるし、家のローン、5人家族の生活費、さらに積み立てニーサに投資できるほどの金額をもらえてた。

年2回、しっかりボーナスあるしね👍

でも、Threadsでの俺の投稿を見て、「教員という仕事自体に恐怖を感じています」とか「安定なんてしてましたっけ?子どもに酷いことされて、なぜ我慢しなければならないのか。」っていうコメントする人もいた。

これについては具体的な状況はわからんけど、俺からすれば、その人の能力がないだけやと思ってる。

俺も教員やってて、とんでもないパワハラモンスター教員を一緒になって、めちゃめちゃしんどい目にあったことがある。(これについては、また別記事で書きます)

でも、それでも俺はやりきったし、自分の力でとんでもない状況を変えられたと思ってる。

自分にその状況を変えられないのなら、その人の努力不足というか、覚悟不足?、能力不足?っていう言葉が当てはまるように思っちゃうよね。

そういう人は、恐怖を感じながらでも、教員を続ければいいと思う。自分の能力に見合わない仕事でも、給料もらえて、生きて行くことができているんだから、辞めるなんてもってのほかだと思う。今の仕事にしがみついていけばいいんじゃないでしょうか。

ちなみに俺はそういう理由でやめてないです。(これも過去記事で書いております!よければぜひ!『教員を辞めた理由 前編 後編』)

逆に「安定した給料、そこ?子どもたちと真剣に向き合う恐怖とやりがい、成長の喜び、時に襲う無力感、それらを全部ひっくるめた素晴らしい子どもたちの可能性。そこに関われる責任の重圧と幸福。私の人生も豊かだなぁ」っていうコメント。

これはいいよね。覚悟決まってる感じがするし。「教員向いてるよ。がんばってねー」って感じ。

俺にとっては、その覚悟は児童生徒への教育ではなく、自分の可能性を広げることに使いたかった。そこの違いかな。

同じ部分もある。それは”恐怖を感じつつも、ワクワク感をもって行動できる”というところ。

それこそが自分自身を成長させていくんじゃないかと感じている今日この頃。

恐怖 = 成長 

「恐怖」を感じながら生きている方が、人生は豊かになる。と言ったのは、

①恐怖を感じることで、危機感をもって行動する。
②行動自体を楽しめる。
③楽しめるからたくさん行動して、たくさん失敗して、成長する。
④成長できている自分=豊かさ

って感じで分解できます。

要は“安定を失ったからこそ、必死に学び、行動するようになる過程そのものが人生の充実感につながる”ってことが言いたい。

個人的な考えですけど、これに少しでも心がときめくなら、教員の仕事(教員じゃなくても今の仕事)を辞めるのは、アリなんじゃないかと思う。

俺は教員という安定した給料をもらっている状況では、その考えに至ることができなかった。

しかも、教員という職業は閉塞感があった。他業種の人と積極的に関わることなんてまずない。あっても余計に仕事が増えていく。

だから、教員をしながら成長しよう!っていうのは、「給料は変わらないけど、人よりたくさん仕事をしよう!」っていうマインドじゃないとできひんのよ…。

それができる人は確かにいる。でも、少数やん。

みんながみんな、そんな聖人君子みたいに生きられないよ…。頑張った分、お金という見える形で報われたいよ…。

そんな考えをしている俺だからこそ、教員をやめたし、Threadsで冒頭の投稿をしたんやと思います。

結論

結論としては、「安定した給料もらっている奴は成長しないんだから、今すぐ仕事辞めろ」って言いたいんじゃないからね?

投稿のコメントで、「恐怖を感じることで、脳が作動し、 脳血流 も低下します。パフォーマンスも高まりません。 常に不安や焦る気持ちの中で、いつも落ち着きません。いずれ、精神がやられるでしょう。土台は安心感です。安心感 やワクワクした気持ちの中では、脳血流が高まり、行動も 加速します。安心してはいけない。 安心したら成長はない。これは間違った考え方です。 脳科学でも 立証されていますので、 是非、マインドチェンジしていただけたらと思います。」っていうのもあったから紹介しておくね笑。

「脳科学でも 立証されています」って言われたら、反論しにくいよね~笑。でも、科学で証明されているという言葉も相当怪しいよね。

この宇宙のことは科学でほとんど分かってへんし、脳科学で立証されているって言っても、たかが人間がそう判断しているだけでしょ?って思ってしまう俺は根性がねじ曲がっているのだろうか…。

とにかく俺の心には刺さらなかったなぁ~。人間の心の動きも科学で立証してくれよ笑

一般的には「給料が安定している=安心」と言われるけど、俺個人にとってはそれが「成長の停止」や「将来への束縛」に感じているんです。

俺にとっては、コンフォートゾーン(安全地帯)に変化が起きたんです。

紛らわしいよね。デリケートゾーンじゃないよ。はっきり言わしてもらうけど、俺のデリケートゾーンのかゆみには一切の変化はない。

しかし、コンフォートゾーン(安全地帯)には変化が起きたんです!!

教員を続け、安定した給料をもらうことは、俺とってはもう安全地帯じゃなくなった。

教員を退職したことで、努力せざるを得ない状況にこそ、成長やワクワクがあるという認識になり、これが今の俺の安全地帯なんです。

わたくしごんすけは、まだ何も成し遂げておりません。

しかし、このマインドがあればいつか、何かを成し遂げることができるだろうと思っています。

それは他人にとっては何の価値もないことかもしれない。でも自分自身が満足し、成長できたと実感できれば、本望です。

そんなかけがえのない自分の人生を生き切るためにも、今後も泥臭く行動していきたいを思っています!

最後まで読んでいただきありがとうございました。この記事を読んで、”俺も自分らしく生きるために、仕事をやめてみようかな?”と少しでもあなたの人生に役立てたなら幸いです。

俺の持論ですが、「人生はどっちみち後悔する。後悔するんだから、やらない後悔より、やっちまった後悔の方がよくね?」って思ってます。(大学時代に4年連続で4人の人にフラれたことで、編み出した究極の思考法ですね。ついにこの思考法をお披露目する機会にめぐまれようとは…笑)

やっちまった後悔しよっ!!だから俺の別の記事を読んで後悔しても怒らないでね!!

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